広島の日本酒

中尾醸造

創業は明治4年(1871年)。「廣島屋」の屋号で醸したことに始まる。
中尾醸造が蔵を構える竹原市は、瀬戸内海沿岸の中央に位置し、海軍が盛んな時代には「安芸の小灘」と呼ばれ、江戸時代には15軒、大正時代には26軒の造り酒屋があった。
「杯に注いだ酒の表情を鏡にたとえ、酒造りに精進する蔵人の誠の心を酒の出来栄えに映し出してほしい」という初代当主の願いを込め、銘酒『誠鏡』が誕生。以来、誠心誠意の精神とともに、丹精込めた酒造りが受け継がれている。
『誠鏡』を最も特徴づけるのは、独自の酵母開発である。「酒の味を決める一番大きな要素は酵母である」と考えた四代目当主の中尾清麿は、酵母の研究を重ね、発酵学の大家で、当時の東京帝国大学教授の坂口謹一郎氏と日本全国を歩き、2,000以上もの酵母を収集。一つ一つ慎重に酵母試験を繰り返した結果、昭和15年、フルーツのような品のある香り、控えめでさわやかな酸味、アルコール発酵力の強さなど、どれを取っても申し分のない酵母を発見。この酵母は後に、リンゴの果皮から採取されたことから「リンゴ酵母」と命名された。
さらに清麿は、酵母の特徴をさらに引き出すため、酒母の研究にも着手し、昭和22年にリンゴ酵母を高純度に育成する「高温糖化酒母法」を完成させた。この功績が評価され、日本醸友会「第一回技術功労賞」を受賞。翌23年には、全国新酒品評会で1位を獲得した。
その後、昭和24年〜26年と、3年に渡って「皇室新年御用酒」の栄誉に輝く。この酒が、後の『大吟醸まぼろし』である。

中尾醸造の日本酒

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