日本酒の歴史

kiyoshi hashizume

三浦氏は、明治20年代、軟水醸造法と呼ばれる醸造法を開発しました。

日本酒の製造に適さないとされた広島でその原因が軟水にあることを突き止め、温度や湿度を管理する為の実験を重ね、明治31年(1898年)に軟水による改良醸造法である「軟水醸造法」を完成させました。

この醸造法の大きな特徴は、

1.麹が米の内部まで十分に行き渡るように麹をしっかり育てる。

2.醪を低温でゆっくりと発酵させる。

といったものであり、これにより、「麹をしっかりと育てる」ことで米の糖化が進み発酵を活発にすることが出来、硬水と遜色ないよい酒を軟水で造ることが可能になりました。

酒三代恩人+佐竹

現在広島は、日本三大酒処の一つとしてゆるぎない地位を確立していますが、かつては「日本酒造り」には適していない土地でした。

古くから「日本酒造り」の盛んだった兵庫の灘、京都の伏見には酒造りに適するとされる「硬水」が湧いていましたが、広島に湧き出る水の多くは酒造りには適さないとされる「軟水」「超軟水」がほとんどでした。

軟水が酒造り不向きであるとされる理由は、日本酒造りに欠かせないとされる酵母の栄養となるミネラル分が極端に少ない為です。

しかし、それらの酒造りに適さない条件を3人の男達が克服したことにより、これまでにない全く新しい「吟醸Ginjo」という日本酒が広島で誕生する事になったのです。

人物一覧

人物詳細

takashi hashizume
1847年1月22日
takashi hashizume
1908年8月15日
takashi hashizume
62才